進化し続けるシェフから生み出される魅惑のパンたち

ラ・タヴォラ・ディ・オーヴェルニュ(東京都)

ぱん結びStaff園子

あのパンの裏側

ぱん結びに軒を連ねる名店パン屋さんの秘話に焦点を当てた「あのパンの裏側シリーズ」。
お店へ密着取材して、皆さまへお届けします。

こんにちは、ぱん結びStaff園子です!
今回は、次々に新作パンを生み出すオーヴェルニュの秘密に迫ります。
東京都葛飾区のJR小岩駅から15分、京成小岩駅から10分ほど歩いた閑静な住宅街に「ラ・タヴォラ・ディ・オーヴェルニュ」はある。
イタリア・ナポリを感じさせる明るい店内には、ところ狭しとパンとお客様がずらりと並ぶ。
決してアクセスが良い立地ではないにも関わらず、平日も朝からお客様が並び、看板商品のパンはお昼を過ぎると売り切れてしまうほどの人気店である。
人々を魅了するのは、コンテストで入賞した数々のパンと、選ぶ楽しさも引き出してくれる200種類以上のパンたちである。 同店には毎月季節の素材を生かした色鮮やかなパンや、見た目も楽しめるトレンドを取り入れたおしゃれなパンが登場する。
次々に登場するパンたちは、いったいどのようにして生み出されているのだろうか。

魅惑のパンを生み出す井上シェフとは

オーナーの井上シェフは、元格闘家という異例の経歴の持ち主だ。大手ベーカリー等の勤務を経て独立して現在に至るまで、数々の大会に選手として出場し、日本屈指の受賞歴を持っている。
また、国内外の講演会では講師や審査委員としても活躍しているパン業界の有名人である。
お店の奥のパン棚には歴代のコンテストで授与されたメダルやトロフィーがずらりとならんでいた。
格闘家からパン職人への転身、独立、コンテストへの挑戦。常に新しい道を切り開いていくチャレンジ精神が新しいパンを生み出していくのだろうか。

「若い時から真面目で、向上心は強かった」と、井上シェフは語る。
コンテストへ挑戦し始めたのは、大手ベーカリーに勤めていた20代後半。「入賞までの道のりは決して楽ではなかった。
コンテストの準備のため朝早くから夜遅くまで自分で使える時間をフルに使って練習を重ねた」、「すぐに結果は出なかったが、三度目の挑戦で “カリフォルニアレーズンコンテスト”でグランプリを受賞し、周りの評価や、自分の中でも変化が生まれた」と当時の様子を鮮明に語ってくれた。
「受賞後は、日常生活からも常にアイデアを探すよう意識が変わった。コンテストへの挑戦は、必ず成長に繋がる」自身の経験から井上シェフは、若手の育成に際し、製パンコンクールへチャレンジの支援も行っているそうだ。
また、若手には新商品の考案にも挑戦させていると言う。
「新商品を作るにはアイデアだけでなく、原価計算や、人気のあるパンの情報などをキャッチする力も必要」
日々の生活から生まれるアイデアに加え、ニュースや製菓製パンの特集記事、人気のベーカリーに足を運んでトレンドの情報をキャッチすることもあると言う。
常に新しいアイデアに思考を巡らせ、美味しいパンを創出し続けたいという熱い想いを持った井上シェフと、若手スタッフで案を出し合い毎月魅力的な新商品が生み出されているのだった。
進化し続けるシェフの今後の新作も楽しみである。

見た目も食感も楽しめるパンたち

店舗でも不動の人気を誇り、カリフォルニアウォルナッツコンテストの受賞作である「クルミのココット」の魅力について語ってもらった。
この筒のような斬新な形はどのようにして生まれたのだろうか。
「当時、なかなかアイデアが出なくて店内の型を探しまくり、マフィン型に辿り着いた」そうだ。
マフィン型と言えば、一般的にマフィンやカップケーキなどのお菓子に使われるものだが、クロワッサン生地を用いたパン型に代用する発想力こそ才気煥発なシェフと言われる所以なのであろう。
大人の手のこぶし程の大きさのパンの中には、ぎっしりと焦がしバターのフィリングが詰まっている。外側のサクサクとしたクロワッサン生地と中のフィリングの異なる食感が楽しめると人気のパンだ。
「大きいので、少し難しいけど縦に半分にカットして食べると味が均等になって美味しい」とおすすめの食べ方を教えてくれた。
カットしてみると、本当に上から下までぎっしりぎゅっとクルミの濃厚なフィリングが詰まっていた。口に入れるとサクサクした食感を感じると共に、濃厚なバターの香りが広がり、しっとりとしたフィリングの中に程よくクルミの歯応えを感じた。
甘さに浸りつつ食べ進めると、彩りとして添えられたピスタチオゾーンに突入。バターがたっぷり染み込んでザクザクとした食感の底面とピスタチオのほのかな酸味で最後はスッキリとフィニッシュ。これは確かにカットするなら縦ラインがベストだ。
半分にカットして二人でシェアするも良し、朝食とティータイムで二度楽しむのも良いのではないかと思った。
▼2001年カリフォルニアウォルナッツコンテスト 菓子パン部門賞
スタッフの長岩崇之さんが考案したという直径6.5cmほどある球体の「ディモンシュ」、 こちらも二つの食感が同時に楽しめるとのことで、いただいた。
どうやってこんなきれいに球体に巻けるのか?と疑問に思うほどにまん丸に仕上がったディモンシュ。
サクサクのデニッシュ生地の中に、しっとりとした黄金色のブリオッシュが詰まっていた。二つの食感と濃厚なバター風味がじわーっと口いっぱいに広がった。
美しい球体、SNSでも映えるのではないかとカットして重ねてみた。これまた、なんとも絵になる魅惑のパンであった。
▼2009年10月リスドオル発売40周年記念パンレシピコンクール 長岩崇之さん受賞作

取材を終えて

イタリアをコンセプトにした重厚な外観のラ・タヴォラ・ディ・オーヴェルニュは、住宅街に突如現れる非日常的な特別感を漂わせるお店だった。
お店のドアを開けると焼き立てのパンの匂いがふわりと広がる。お店の奥ではたくさんのスタッフがひっきりなしに訪れるお客様のためにパンを焼いている。
店内に並べられたパン棚の上に“焼き立てです!”のPOPが次々に並んでいくのを見て、私もついついトレイに乗り切らないほどのパンを乗せてしまった。
名店のパンを求めてきた人、毎朝この店のパンを食べないと一日が始まらない人、家族で食べることを楽しみにしている人、様々な人の笑顔を見ることができた。
「食パンはまだありますか?」常連さんの問いかけに、慣れた様子でパンを渡すスタッフ。
ラ・タヴォラ・ディ・オーヴェルニュは地域の方々に愛されているお店なのだ。
井上克哉(いのうえかつや)シェフ
1968年 東京都出身。
株式会社中村屋「ファリーヌ」、有限会社ビゴの店、株式会社ドンク「ジョアン」チーフ勤務を経て、2003年『ブーランジェリーオーヴェルニュ』を立ち上げ独立。 (株)ドンク在勤中の1998年より各ベーカリーコンテストに参加。 日本屈指の受賞歴を持つオーナーシェフ。国内外の講演会でも講師を務め、自店スタッフだけでなく業界の若手育成に力を入れている。
■ ibaカップ日本代表選考会審査委員
■ クープ デュ モンド日本代表選考会審査委員
■ クープ デュ モンド実行委員
■ ドイツパン菓子勉強会会長
■ アンバサドール協会実行委員

この記事のライター
ぱん結びStaff園子

昭和後期の世田谷生まれ。
実家がカフェで、ココアとサンドウィッチを主食として育つ。
お酒に合う程よい固さのドイツパンが好き。